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 蛇を見た。蛇を見たのはとても久しぶりのことだった。多分十五年振りくらい。

 散歩がてらに徒歩一時間弱はかかるであろうカフェに行こうと決めた。外は濃い熱気で充満していたし歩道を覆う雑草の長さに嫌な予感を覚えもした。一歩足を進めるごとに顔に蜘蛛の巣が引っかかり、小虫がちらちら過ぎった。その時点ですぐに引き返せば良かったのに、半ばむきになって三分くらい歩いた。そこで爪先のすぐ先を何かがうねった。緑色の光が見えた。蛇だと判断できたときにはもう叢に消えた後だった。驚きのあまり声も出せなかった。でもじわじわ怖くなってきた。目に残る残像のおぞましさに小声で呻きながら、反対側の歩道に移った。うわ、うわ、と言いながら小走りで自宅に戻った。

 実際には全長一メートルほどだったと思うけれど、体感的にはハリー・ポッターのバジリスクだった。取って食われるわけでもないのに本当に怖かった。姉にLINEしたら、驚き顔のスタンプが返ってきただけだった。私は姉に共感とか慰めの言葉とかを期待してしまったのだなと、今になってちょっと反省している。でも、そのときはとにかくこの大事件を誰かに慰めてもらいたくて仕方なかったのだ。だから翌日、職場で上司に「蛇に遭遇したんですよ!」と、さも大事件みたいに報告してしまった。「ああ、いるよね」という答えだった。「うちの庭にも出るよ」とも。「えええ! 怖くないんですか!」と、やや息巻いて言ったら、「いや、怖いよ」と。声と表情から諦念が窺えて、少し落胆した。私より長く生きている人でも蛇が怖いなんて。この街で生きるにはありとあらゆる生物と共存していかなければいけないのに、いつになったら大丈夫になれるんだろう。


 今村夏子さんの『木になった亜沙』(文庫本)に収録されているエッセイを読んだ。今村さんのエッセイが大好き人間なので読めて嬉しかった。