マクドナルド

傑作という言葉はこの小説のためにあるのではないかと思うくらい圧倒された『ミシンと金魚』。単行本が発売された幸福にしみじみ浸かっていたのだけれどそれだけじゃ満足できなくなった。より多くの人に読んでほしい。電子書籍も出ているので是非読んでください。読んで!


今朝、マクドナルドで初めて『マックグリドルソーセージエッグ』なるものを食べた。『M』と印字されたパンケーキ生地にソーセージ(あれをソーセージと呼ぶことに違和感を覚える。私の思うソーセージとはウインナーソーセージを指す)と卵が挟んであった。全く食べられないわけではないんだけどマクドナルドのチーズを食べたことがないという理由から、チーズ抜きをオーダーした。マックで食事すると向こう数時間は腹痛に悩まされることを知りつつも今日は美容室に行く以外に用事はないし、それだって予約は十二時半からだから大丈夫だろうと踏んだ。パンケーキの甘いメープル味とソーセージの塩味が面白くて美味しかった。一度も訪れたことのないハワイの風を感じた。しょっぱいのと甘いのを交互に食べたくなる欲求が満たされた。レモンティーの酸味に顔を顰めつつトレイマットに目を遣った。ドナルド・マクドナルド・ハウスの存在を初めて知った。裏返すと可愛いイラストが描かれてあった。ボーダー柄のソックスがいくつ描かれてあるか当てようというゲームだった。先に答えを見てしまった。どうやら五つあるらしい。

壁を隔ててすぐ隣に六十代から七十代と思しき男女が座った。その他に客は三人いた。全員が私より年上で、四十代から七十代だった。こんなにこってりしたものを朝からよく食べられるなと思いながら、ソックスを探す。四つしか見つけられない。壁越しに大声が響いてくるが何を言っているのやら分からない。訛りが強いせいでも残り一つのソックスを探すのに夢中なせいでもないような気がした。私が耳を傾けようとしていないだけ、というよりも、耳を背けようとしているだけだった。「四つしかないよ」降参すると正面から「ここだよ」と指が伸びてくる。「ああ、こんなところに!」巧妙に隠れ潜んでいた。

ドナルド・マクドナルド・ハウスとは、難病の子どもたちとその家族のためにあるらしい。「マックのご飯とこういった事業はマッチしない気がするんだけど、ほらだって、病気の子がマックを食べるわけないじゃない。でもそういうことじゃないんだろうね」私は思いついたそばから言葉にしていった。「うん」「マクドナルドは子どもたちのために事業を展開しているんだね」「うん、マックは子どものためのものだからね」「え?」「いや本来は子ども向けの食べ物でしょ」「え? 老若男女のためのものでしょ」店内を見回す。「いやでも本来は子どもが『マック行きたい』って言うものでしょ」「うーん」「アメリカの大きな会社なんかは私益ではなくこんな風にチャリティーに積極的だったりするね」「うーん」トレイマットの下部に列記された協賛事業を頭から読む。五十音順に記されていた。席を三つ隔てて座っている女性はノートパソコンに向かっていた。何をしているんだろうか、仕事かな、ひょっとすると小説を書いているのかもしれない、だとしたらどんな小説だろう。壁越しに笑い声が響いた。注文口に七十代と思しき男性がクルーと何やら長話をしていた。「~~で、~~なんだけど」トレイマットを裏返して隅から隅まで目を伝わせる。ドナルド・マクドナルド・ハウスは素晴らしい事業だな、ボランティアや募金やらのおかげで難病の子どもたちの家族が一泊千円で宿泊できるらしい、しかもキッチンや遊ぶスペースもある。すごいなあ。「~~で、次に殺されるのは自分なんだろうなって」「あはは」何の話だ?「ドナルド・マクドナルド・ハウスはどこにあるんだろう」私はトレイマットのどこにもその情報が書かれていないことを確認しながら口にした。「東京じゃない?」「東京かあ」家に帰って調べてみるとドナルド・マクドナルド・ハウスは東京だけでなく全国各地に合計十一か所展開されていた。案の定襲ってきた腹痛をやり過ごして今から準備をして美容室に行く。終始マスクをつけたままなので化粧は目元だけ施せば良い。