写実

決して日当たりの良くないカフェの、冷たい椅子に腰を下ろす。読みかけのエッセイを読んでいると店員さんがやってくる。目の前にメニューとお冷やが置かれる。ここは日当たりは良くないものの、太陽の恩恵が完全にゼロというわけではなく、木漏れ日のような光がグラスのもとに影を提供していた。影は左と下の二方向に伸びていた。私が注文を決めるのとほとんど同時に店員さんが戻ってきて、メニューは大人しく回収された。
エッセイに目線を戻す。一定のリズムで回り続けるシーリングファンの影が、テーブルにちらついている。店内には穏やかなジャズが流れている。
十分ほどで、甘い匂いと共に焼き菓子と紅茶が運ばれてくる。足音が近づいてきた時点で思わず顔を上げたくなったけれど、特に気にしていない素振りを装わなければならなかった。「お待たせしました」か「失礼します」のどちらかを言われ、ようやく目線のみを上げる。朝食と昼食をしっかり食べた後だったので空腹ではなかった。にも関わらず、頬が緩んだ。マスクアースに感謝する。あたたかな「ごゆっくりどうぞ」に「ありがとうございます」とぼそぼそ答える。出てきた声が思いのほか低かったので、自分にがっかりしながらマスクを外す。
今日のマグカップには目の大きなうさぎが棲みついていた。苺のような香りが漂う紅茶をまず一口飲んで、サンドケーキにフォークを刺し入れる。粉砂糖がお皿に落ちるのを少しもったいなく感じながら、添えられた生クリームと共に食べる。甘くあたたかく、ジャムの絶妙な酸味とよく合った。サンドケーキを一気に食べ終えると、隣のマフィンの処遇に迷った。もう少し経ってから食べようと思い、再び本を開く。一ページを読んだところで耐えきれず、フォークを手に取る。ココア味の生地には無花果がたっぷり入っていて、噛むと弾ける食感が楽しい。紅茶をちびちび飲みながら読書をしていると、新たなお客さんが続けて二組現れた。突如賑やかになる店内で、ふとワンシーンが目に浮かび、慌ててスマートフォンにメモをする。「良かったらどうぞ」と、店員さんがチョコレートと煎茶を持ってきてくださる。今度こそ「ありがとうございます」を大きめに言う。ちょっと上擦ったけれど、ここでは笑われることがない。
チョコを少しずつ食べて、お茶を飲む。そこで、お客さんのうちの一人が鼻を啜る音が気になってくる。花粉症か鼻炎か副鼻腔炎か、それとも他の病気だろうか、などと思いながら、トイレに行く。
本を全て読み終える。勇気と元気が出たものの、腹痛を感じてもいたので、お店を出る。