春になると思い出すこと

 職場のパソコンの“バックアップ中”の文字から顔を背けるように窓に目を向けると、早咲きの桜が街灯の光を浴び白く浮き上がっていた。瞼の裏に高校時代の林間学校が蘇った。一般的には林間学校と言うと自然溢れる校外で絆を育むイベントを指すのかもしれないが私たちの学校は違った。日々学んでいる教室に一泊すること、それを林間学校と呼んでいた。学校は背後に山を背負っており間違いなく自然に溢れてはいたのであながち世間からは外れていなかったように思う。
 私たちの学校には早生まれの生徒しかいなかった。四月一日生まれの私はヒエラルキーの最下層にいたので布団の場所決めももちろん最後でだから一番前の窓際に眠ることになった。
 夏休みも終わり体育祭も片づいた後だったがエアコンのない教室はひどく蒸した。全ての窓が開け放たれ扇風機が二台稼働していたとはいえなかなか寝つけそうになかった。窓際だからありとあらゆる虫が訪ねてきた。おまけに尿意まで迫ってきた。膀胱が破裂するのが先か朝が来るのが先かは経験則からすぐさま判断できた。いよいよ耐えきれなくなったとき密かに起き上がり煎餅布団から這い出た。クラスメイトを、特に一月生まれを起こさないよう忍び足で出入り口へ向かった。一月生まれが手にした布団の上質さを最初は羨んでいたがこの時期は床に近い方がどう考えても快適だと、寝苦しそうな寝顔たちを見下ろしながら確信した。一月一日生まれの学級委員長が歯軋りをぎしぎし立てていた。
 上履きは置いてきた。裸足で廊下を歩くのは初めてだった。街灯は遠く外灯もない校舎に射し入ってくるのは月と星明かりくらいだった。
 一番近くのトイレには教室からほんの十歩で着いた。物音がクラスメイトの元まで届いてしまうことを危惧した私は下の階のトイレを使うことにした。いざ二階へ下りるとどうせならもっと教室から遠ざかってみたくなった。一階の隅にある生徒指導室前のトイレはあまり使われていないこともあり比較的綺麗でしかも二つある個室の両方ともが洋式便座だった。普段なら私のような身分の者に使用許可が下りるはずもなかったが皆が寝静まっている今は怖いものなしだった。奥の個室に入り鍵をスライドさせた後少し考えてやはり解錠した。腰骨に手を当てジャージを下着ごと引き下ろした。下着はこの日のために新調したが当然のように誰にも見られることなく終わった。純白のレースとリボンは一目見た瞬間にウエディングドレスを想起した。胸を高鳴らせながら注文したが届いた段ボール箱のテープを開け試着してみると想像よりも生地が薄く陰毛が透ける上に窮屈だった。ブラジャーのサイズは多種類から選択できてもショーツはワンサイズしかなかった。肌にくっきり残る線を指先で撫でさすりつつ用を足し水を流し鍵を開けようとすると始めから開けていたことを思い出した。
 自由。蛇口を捻った瞬間その二文字が落ちてきた。裸足で校内を移動し鍵をかけずに用を足した。普段は息を潜め限りなく無音に近い状態で尿を捻出していたところを、まるで自宅にでもいるかのような堂々たる振る舞いでここまで来た。私は俄然教室に戻りたくなくなった。裸足に伝わる廊下は生ぬるかった。残暑厳しいこの時期に学校に拘束されなくてはならない理不尽な奇怪さに改めて疑念が湧いた。私は冷たいところを探すことにした。真っ先に思いついたのは図書室だった。屋外に続く渡り廊下を通ると別棟があり保健室と図書室と茶道室が連なっていた。その全てにエアコンがあるはずだった。私は予定を変更し一度も立ち入ったことのない茶道室のドアに手をかけた。鍵がかかっていた。図書室も保健室も同じくドアは微動だにしなかった。他の教室も、例えば視聴覚室や情報室もしっかり施錠されていることが予想できた。私に舞い降りた自由は呆気なく途絶えた。それでも教室には帰りたくなかった。そもそもあそこは私の帰るべき場所ではなかった。
 私は裸足のまま渡り廊下のコンクリートから逸れ芝生を踏んだ。まだ熱かった。昼間の校舎を思い浮かべ日陰を探した。見つけた。グラウンドの端の桜の大木の裏は常に暗かったはずだ。早足で辿り着くと期待は的中した。これまでのどこよりも冷たく湿った砂だった。私は飛び跳ねた。途絶えた自由が再開した。昔習っていたバレエが蘇ったので爪先立ちを試みたが即座に指先が折れた。バレエ教室のクラスは学年別にレベル分けされていたが遅生まれにはついていけないからと一つ下に放り込まれた。私は幼稚園の年長だった。バレエはお試し期間中にやめることになり次にピアノと水泳を始めたがこれも同じく早生まれを理由にクラスを下げられそして見込みなしで首を切られた。同じような子は他にもいた。三月生まれには人権なんてないんだ。そう言いながら去っていく子もいた。その理論で行くならば四月一日生まれの私は人ですらないのではないかと思い至ったのは中学生に上がった頃だった。私は遅れていた。
 冷たい砂を踏みしめつつ半袖のTシャツをキャミソールと共に脱ぎ捨てた。夜風が吹いた。お世辞にも涼しいとは言えなかったが砂が冷たいので平気だった。更に平気度を高めるべくジャージを脱ぎ足で遠くへ放り投げた。あまり遠くへは飛ばなかった。肌の露出が増えると体感温度が一度下がった。左足を軸に右に回転するとぬるい風が沸き起こった。正しいバレエは習得できなかったがバレエの真似事ならできた。一回転ごとに姿勢を立て直しながらくるくる回りくるみ割り人形を鼓膜に再生させ腕に脚にありったけの運動神経を張り巡らせくるみを割り続けた。踵で蹴り潰したことで呆気なく砕けたくるみは砂に混じり溶け馴染んでいった。
 そのまま何事も起こらなければきっと私はもっと遠くへ行けただろう。くるみだけじゃなく他のありとあらゆる事物を粉砕し仰せたかもしれなかった。でも桜が花開いてしまった。何が起こったのか分からなかった。芽吹き蕾をつけ綻ぶ、その何もかもの過程をショートカットして、桜が咲いた。それまで鳴り渡っていたくるみ割り人形はいとも簡単に終わった。私はやっぱり平凡だった。
 大木に近づき真下から桜を見上げた。正真正銘、桜だった。夏と秋の狭間であることなどお構いなしに、夜空に向け堂々と翼を広げている。小さな花弁たちがこんもりと集合している様を観察していると肌が粟立った。この世で最も嫌な集合体である、教室に押し込められた少年少女を連想した。桜というのは遠くから眺めるものだった。花隙から月光が漏れ煌めいていたのでそちらに目を向けることにした。
 バックアップが終わった。シャットダウンをかけデスクの引き出しに鍵をかけトートバッグを肩にかけ席を立った。空のデスクに置かれた赤色の紙袋に視線が吸引された。それは産休に入ったばかりの同僚からの差し入れで、今日の昼休みに上司が受け取ったきりそこに置き去りになっていたものだ。紙袋に記された店名には馴染みがあった。中を見なくとも、クッキーやフィナンシェやドーナツといった焼き菓子の詰め合わせであることは分かりきっていた。差し入れを開封し個数と職員数を照合し余りの出ないように尚且つ各職員の好き嫌いを考慮した上で配布するのはいつでも私だった。今日はせめてもの抵抗として知らん振りを貫いた。明日になれば「あれ? これ何?」とまるで今はじめて気がついたかのように紙袋を指差す奴が現れるに違いなかった。実際、数時間ほど放置しただけで「あれ?」が始まったことは一度や二度ではなく何度もあった。今日とは違い決して故意的ではなく目の前の優先すべき仕事に向き合っていただけなのだがそれは間違っていたらしかった。差し入れ配布係の癖に、という複数の視線を寄越された上に「配っといて」と口に出されたこともあった。あの学校を脱出した先に更に嫌な集合体があるとは思わなかった。
 私は帰りかけた足を止め、踵を返し紙袋を手に取った。箱を引き出し包装紙に手をかけた。永らく消え去っていたくるみ割り人形が息を吹き返した。私は包装紙を思いきり剥ぎちぎり蓋を開けた。案の定、クッキーとフィナンシェとドーナツと、あとは名称不明の焼き菓子がいくつか敷き詰められていた。全体的にはベージュ寄りの茶色だった。その中から桜色のフィナンシェを手に取り、個包装のビニールを引き裂いた。フィナンシェを右手に、箱を左手に持ち、自分のデスクに戻った。右手にフィナンシェを持ったまま窓を開けると冷たい夜風が流れていた。エアコンの暖房を三十度まで上げ風速を急風へと切り替えた。デスクに戻り椅子に腰掛けフィナンシェを頬張った。高脂質の糖分が口内に広がった。次にクッキーの袋を破いた。桜の花々が面妖に揺れ動いた。チョコチップがスーツにこぼれ落ちたので拾い上げ口に放り込んだ。次にドーナツを、次にクッキーを、次に名称不明の謎の焼き菓子を齧り倒した。桜はやはり遠くから眺めるものだった。


追記:ヘルスケア情報や日々感じたことや応援のメッセージなどなど、ありがとうございます。